2011/01/13

『セゾン文化は何を夢みた』




セゾン文化にどっぷり浸かれた世代ではないけれど
シネヴィヴァンやWAVEには
そこそこお世話になったし
西武でバイトもしてたから
なんとなく買ったのだけど。



子供の頃からセゾン美術館へ何度か行ったことを思い出した。

小学生の頃、
無理矢理父についていって観た展覧会が
何だったのかは調べてもでてこないのだけど
あの時観たウォーホルのキャンベルスープが
壁にズラッと飾られていた光景は
いまだに記憶に残っている。
当時のわたしには
何のことだかさっぱりわからなかったけど。
わかんなかったから覚えているのかな。


フランチェスコ・クレメンテも
筆のベタっとした質感にドキドキして
なんだかとても印象的だったなぁなんて。
このお正月に
現代美術館の企画展で
クレメンテの作品を観て
そんな記憶と再会したばっかり。


そんなことだって
わたしの何かになってたりするのよね、きっと。



で、
「文化は事業になるが、芸術は事業にならない」
という堤清二のインタビューの中の言葉が
とても印象的だった。


わたしが芸術を志せなかったのは
事業にならないからだ
なんて言うと大げさすぎるけど
そんなようなことも思って
ファインアートを辞めたから
というのもあるし。


文化の中には商業がたくさんあること。
商業によって文化が壊されていくこと。
日本じゃだいたい壊されていく。
いつだってそれがやるせなくって。

文化なんて自分が発信しないと何もはじまらないのに。
作られるもんじゃないんだよと
いつでも思うけど
日本ではいつも作られようとする。

だからセゾン文化がなくなってしまった
って訳でもないかもしれないけど
文化が発生するような日本を
わたしも夢みてるから
今日もがんばって服を着るし
今日もかっこいい音楽を買うんだけどさ。

要するに
がんばらなくちゃって
改めてすごく思ったの。

2 件のコメント:

  1. オレも読んだよ、この本。

    しかも二冊持ってる。
    アマゾンで頼んだの忘れてて本屋で買ってしまった。。。そんなことにも慣れっこな年頃だね。

    オレは最近セゾン文化と多摩美武蔵美が日本の芸術文化を底の浅いモノにした原因ってゆう強引な持論を持ってます(誰にも言ってないけどね)

    でも当然自分も時代的にそこにどっぷりなわけで、
    死ぬまでになんとか解脱したいなと思う今日この頃です。

    なのでそんな日本の文化芸術の権威や枠組みとドンキホーテの如く戦っている村上隆さんにも最近は興味津々です。

    返信削除
  2. ズー様

    その持論、気になります!
    死ぬまでに解説してください。

    日本の美術教育がクソすぎるので
    セゾン文化すら
    最終的に機能しなかったんじゃなかろうか?
    と思っていますが…

    村上隆が何をどこまで戦っているのか
    ちゃんと知らないのですが
    がんばったところで
    時代のせいにして
    なにも改善されなそうなところを
    ちゃんと改善していかないとなぁとか思うと
    何十年何百年かかりそうだなぁと思います。

    返信削除