2009/08/18

絵を描くこと

会社を辞めて、3ヶ月程。
いただけた仕事をコツコツこなしながら
絵を描くことについて
これからについて
悶々と考えていました。

かつて絵を描いていた頃は
なんにもわからなかったから
なにかを描くべきと思い込んで
もっとわからなくなっていました。

会社に入る時、
わたしはファインアートではなく
コマーシャルアートを選んで
デザイナーになると決めたことを覚えています。
それは同時に
絵を描くことを辞めるみたいな決意もいりまじっていて
もう絵は描かないなんて
筆をへし折った記憶があります。

今、考えると
随分ストイックな決断だったと思うけど
当時はそれくらいアーティストという人間への
こだわりも思い込みも強くありました。
思い返すと
自分の描くモノの良さは
目に見えないところにあると思います。
かつてですら、
カタチとしてのそれは、完成すると
そんなに興味もなくなっていたかもしれない。
今観ても、不格好だと思うし
恥ずかしいモノばかりで
できれば目にしたくないなぁなんて思ったりするのだけど。
でもあの頃、絵を描くのに必要なだけの目に見えないモノは
ティーンネイジャー特有のキラメキなんかともまたちがって
いつまでもキラキラ輝いて、嘘偽りなく存在している。
そんな風に感じて、誇りに思うのです。
そんな不格好なモノでもわたしには結構似合うような気がするのです。

というのも、最近やっと絵を描き始めました。
といっても、ちょっとしたドローイングを一日に数枚。
なんだかんだいって、頭でっかちになってしまって
絵を描くということにも少し臆病になっていました。
なにを描けばいいんだろうとかって
ちょっと思っていたのです。
でも、大事なことはそんなんじゃなくて
絵を描くことだったと。
絵を描き始めたら気がつきました。

デザインという仕事をしていることもあって
作為的に物事を生み出す方法に縛られてしまっていて
ファインアートになったからといって
どうしても、コンセプチュアルであることに
しがみついていたような気がします。
そんなことに絵を描くという意味を求めてしまっては
しょうもないばかりでなく
堂々巡りで
一度絵を描くのを辞めた意味もなくなってしまう…。

ただただ、無条件に絵を描くこと。
この無条件という言葉は岡本太郎氏が使っていた言葉なのだけど。
本当にそう。無意味じゃなくって無条件。
ただ描くという行為。
無条件に描くことに、意味があって、
目には見えない大切なモノが勝手にキラキラ輝きはじめる。
本当に少しずつだけど
自分が解き放たれてゆくなぁって。
最近ちょっと楽しいです。

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